【大人向け】江戸時代の男女の出会いが過激すぎた!犯罪的なナンパ方法!!


現代でも恋愛のアプローチ術になっている「ナンパ」ですが、実は江戸時代からポピュラーな方法だったことをご存じでしょうか?今回はそんな江戸時代のナンパを徹底解剖してみたいと思います。
いったいどんな場所で、どんな方法でナンパはおこなわれていたのでしょうか?

お尻をギュッとね!つねり具合でわかる思いの深さとは?

江戸時代は面と向かって「好きです!」なんて告白することは野暮とされていました。ではいったいどんな方法を用いていたのでしょう?それは言葉よりも態度で表すことでした。実はお相手のお尻をギュッとつねったり、叩いていたそうなんです!

もちろんいきなりはいけません。女性の後ろからそっと近づき、優しくギュッとつねってあげることが大事でした。あまり力を入れすぎると、いくらお尻の部分だと痛いはずです。女性はその優しさを感じてポッと顔を赤らめていたそうですよ。

でも良家のお嬢さんに変な虫が付いてもいけません。そんな時はお付きの者がお嬢さんの後ろにぴったりとくっついて警戒していたそうです。もっともお金持ちや商家のお嬢さんの大半は親が結婚相手を決めていましたから、あまり近づいてくる男性もいなかったでしょうね。

これは驚きました!こんなの今やったら犯罪ですよ。とはいえ、お尻をつねられた女性がその気になれば、後から手紙を出したりなんかして「私もあなたのことが好きです」なんて恋が始まったそうなんです。

これは日本だけの風習かと思いきや、さにあらず。実は現代のベトナムでは女性のお尻を叩いて求婚するそうですし、チェコという異国では、お尻を叩くことで1年の無病息災を祈願するそうです。また子宝に恵まれるという習わしもあるのだとか。

オクテ男子は手紙で思いのたけを伝える!?

チャキチャキの江戸っ子といっても口下手だったり、引っ込み思案なオクテ男子もたくさんいました。そんな男性が思いのたけをお相手に伝える時、手紙作戦を用いていたらしいです。
前の晩に一生懸命書いた手紙を、女性の袖の中へそっと入れるのですが、それだけでちょっとドキドキしそうです。

実は平安時代の貴族も同様に、求愛の手紙をせっせと書いてはお目当ての女性に送っていたのだとか。返事がなければ何十回となく出し続けたそうです。自分の一生懸命さをアピールしたわけですね。
ちなみに江戸時代は「源氏物語」や「枕草子」などの平安文学が広く読まれた時期ですから、遥か昔のロマンチックな恋愛模様に憧れを抱いていたのでしょうね。

江戸時代の男性も奥ゆかしい部分があったんですね。女性が思いを寄せる男性から手紙をもらった時、嬉しさのあまり大事な手紙を無くさないように腰巻いわゆる下着の中に隠し持った。なんて逸話も伝わっています。

しかしお相手が男性を嫌っていた場合、その結末は悲惨なものになります。「ほら!こんな手紙がきたのよ!」と親に暴露されたり、「ほら、返すわよ!」と投げつけられたり、それはそれは大変だったそうです。

神社の境内は男女の出会いの場だった!?

男女が出会いの場として活用したのが、実は神社でした。「なんて不謹慎な!」と思うなかれ。実は神社という場所での出会いは公認されていたのです。
といっても、それが許されるのは祭りの時だけでした。たとえば町内で大きな祭りがあった時、若い男女が互いに参加し、もし意気投合すれば恋愛に発展しますし、そのまま夜の暗がりの中へ消えていくこともあったとか。

日本では古くから女性は「ケガレ」の対象だとされてきましたが、実は祭りというのはケガレを払う場でもあるのです。女性が積極的に「恋したい!」と考えるのは自然の流れだったようですね。

なるほど。神社は出会いの場所だったんですね。ちなみに江戸時代には他に「歌垣(うたがき)」という自由恋愛の場もありました。たくさんの若い男女が集まって歌を詠み合う歌会ですが、男性が気に入った女性に対して歌を投げ掛け、それに対して女性が歌を返すというもの。
もし意気投合すれば恋愛に発展したそうですから、江戸時代の人々も雅な心を持っていたのでしょうね。

これは強引過ぎる!まさかの不法侵入!?

これは江戸時代だけでなく、古くから続いていた風習ですが、気に入った女性のいる部屋へ忍び込む「夜這い」という方法も、ある意味ナンパの一つでしょう。
地方によっては戦後になっても続いた風習ですから、かなりポピュラーなアプローチ法だったことがわかりますね。

風俗の乱れを警戒した江戸幕府が「夜這い禁止の法令」をたびたび出していたそうですが、あまり効果はなかったようです。まさに究極のナンパといってもいいかも知れません。

たしかに夜這いは平安時代から始まった風習ですから、これをいきなりやめろと言っても庶民は納得しなかったでしょう。ちなみに夜這いとは地方や農村で頻繁に行われた行為ですが、実は江戸や大坂といった都会でも根付いていたようです。娘が心配な両親は「江戸なら安心だろう」と思って、武家屋敷や商家へ奉公に出すのですが、かなりの確率で夜這いを掛けられてしまうのだとか。
気が付いた時には娘が妊娠しており、どこの馬の骨ともわからない男を婿にするしかなかったとか。中には悪い奴もいて、良家のお嬢様ばかり狙う夜這い男もいたそうです。

浜辺は今も昔も絶好のナンパスポットだった!?

現代のナンパスポットといえば、やはり夏にはオープンな気分になれる砂浜や海水浴場でしょうか。実は江戸時代も海岸が絶好の出会いの場だったようです。
現代の東京には砂浜などほとんど残っていませんが、江戸の頃は遠浅の美しい浜辺が広がっていました。また貝が豊富に取れますから、潮干狩りが盛んだったそうです。

若い女性が夕餉のおかずにと潮干狩りをしている時、どうしても着物の裾をたくし上げます。それを見た男性が妙な気分になり、声を掛けるそうです。「お姉さん、なにか良いものが取れたかい?」
女性も、いい男だとわかると声が弾みます。「さっぱりだね。今日は収穫なし」
これは男性にとってまたとないチャンスです。「よし、おいらが取ってやるよ!」一生懸命手伝ってくれる姿に女性はもうメロメロになることでしょう。品川や芝浦などの海岸は人気のあるナンパスポットだったそうです。

やはり「海」っていうのは開放的な気分にさせてくれるんでしょうね。また海岸ではアサリやハマグリの他にもヒラメやハゼといった魚も獲れたそうです。浜辺でそのまま焼いて楽しんでいたとか。
浜辺で出会った男女が仲睦まじくバーベキューをするなんて、ちょっとうらやましいですよね。ただし潮干狩りの場合は季節を選びます。春先が最も盛んだったようですから、恋をしたい男性にとって一年に一度の楽しみだったんでしょうね。

こうして見ると、今も昔もナンパの基本は変わらないような気がします。ラブレターを出したり、海へ行ったり、祭りへ出かけたりなどなど。江戸時代といっても出会いのチャンスはそこら中にあったようですね。
そう考えると江戸庶民たちの恋愛事情は、現代と変わらずとても自由だったのではないでしょうか。

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